大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和30年(行)13号 判決

大牟田市大正町一丁目八番地

原告

江崎キノヱ

同市不知火町一丁目

被告

大牟田税務署長

水田友七

右指定代理人

今井文雄

新盛東太郎

右当事者間の昭和三十年(行)第一三号所得税査定金額に対する更正決定取消請求事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告が昭和二十九年五月二十二日附を以てなした原告の昭和二十八年度所得金額を十八万二千八百円、所得税額を一万六千五百円とする更正決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は肩書住所地において飲食店業を営んでいる者であつて、その昭和二十八年度の所得は別紙第一表原告主張欄のとおり八千九百十一円の欠損であつたが、原告は昭和二十八年度の所得金額を十一万円、所得税額を千八百円とする確定申告をしたところ、被告は原告の右確定申告に対し昭和二十九年五月二十二日附を以て原告の昭和二十八年度の所得金額を十八万二千八百円、所得税額を一万六千五百円とする旨更正決定をなし、同月二十四日原告に通知した。そこで原告は同年六月二十六日被告に対し再調査の請求をなしたところ、被告は同年九月十六日原告の請求を棄却する旨の決定を原告に通知したので、原告は更に同年十月六日被告を経由して所轄の福岡国税局長に審査の請求をしたところ、同局長は昭和三十年二月二日附を以て請求棄却の決定をなし、同月四日頃原告にその旨通知した。しかし原告の昭和二十八年度の所得は前記のとおり八千九百十一円の赤字であつて被告の更正決定は違法であるから、被告に対しこれが取消を求めるため本訴に及んだと陳述し、立証として、証人松尾末太郎、同江崎春一の各証言を援用し、乙第一、二、五号証同第七号証の一、二同第八号証の成立を認め、同第三、四、六、九号各証の成立は不知と答えた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実のうち原告が飲食店を営んでいること、被告が原告に対しその主張のごとき更正決定をなしたこと、これに対し原告がその主張どおりの経緯で不服申立をなしたことは認めるが、その余の点は否認する。被告が本件所得税に関し調査した際原告方には収支を明確にする帳簿、書類等の備付がなく原告の申立自体真実性に乏しいものであつたから、被告はやむなく間接認定の方式によらなければならなかつた。ところで原告申立の仕入原価及び同地方における同業者の差益などを勘案して算出した荒利益率によつて別紙第二表のとおり原告の売上金額を推計し、必要経費は原告申立額を別紙第一表被告主張欄記載のとおり被告の調査に基いて是否認または追認して算出し、右売上金額から必要経費を控除すると原告には二十八万二千六百五十四円の所得があつたものと推定できる。とすれば原告の昭和二十八年度所得は被告が更正した十八万二千八百円を超えること明白である。而して本税は右総所得金額十八万二千八百円から社会保険料二千九百円、扶養親族控除三万五千円、基礎控除六万円を各控除して算出した八万四千九百円により一万六千五百円と決定し、原告は当初総所得金額を十一万円、本税額を千八百円とした確定申告をなし当該税金を納付したので、過少申告加算税として更正決定の本税額一万六千五百円から申告税額千八百円を控除した一万四千七百円中七百円を切り捨てた一万四千円に百分の五の割合を乗じて算出した七百円と決定した。以上の次第であるから被告の本件更正決定には何等違法の点なく原告の本訴請求は失当であると述べ、立証として乙第一乃至第六号証同第七号証の一、二同第八、九号証を提出し、証人宮本ヒデノ、同安田弘の各証言を援用した。

理由

原告が飲食店を営んでいること、原告が昭和二十八年度所得税に関しその主張のごとき確定申告をなしたところ被告は原告主張日時その主張のごとき内容の更正決定をなしたこと、これに対し原告がその主張どおりの経緯で再調査、審査の各手続を経由したことは当事者間に争いがない。ところが事業所得の認定にあたつては総収入金額及び必要経費を各別に算出して決定すべきものであるが証人安田弘の証言によれば、原告方には当時遊興飲食税台帳及びこれに附属する伝票の他、飲食店営業の収支を明確にする帳簿、伝票その他の書類は全く備付けられていなかつたことが認められる。従つてかような場合被告が認定可能な事実を基にしてその所得を推定することもやむを得ないといわなければならない。

以下原告の昭和二十八年度所得に関する被告の推計の当否を判断する。

(一)  売上金額について。仕入金額及びその内訳については当事者間に争いがない。先ず酒(二級酒)については、仕入原価が一升四百八十円、一升を十二本として販売していたこと当事者間に争いがなく、証人宮本ヒデノ同江崎春一の各証言及び成立に争いがない乙第一号証、弁論の全趣旨から真正に成立したものと認められる乙第三号証を綜合すれば昭和二十八年頃大牟田市内の飲食店では一本平均七十円(遊興飲食税込)で販売されていたことが窺われ、以上の事実から算出される差益率と酒の年間仕入高により別紙第二表のとおり酒の売上高五十八万千二百八十円を推計できる。もつとも証人江崎春一の証言中には原告が仕入れた酒の内相当量を同人において飲酒しているので、その全部が販売されたものではないとの部分があるが、証言自体内容不明確であつて充分に措信できない。ビールについては、仕入原価が一本百十三円であること当事者間に争いなく、前掲各証拠によれば同地方におけるビール一本の売値は百八十円(税込)であることが窺われ、右事実から算出される差益率及びビールの年間仕入高から別紙第二表ビールの売上高十八万四千七百五十三円を推計できる。また料理については差益率が十割であること当事者間に争いがないから、材料の年間仕入高から年間売上高三十七万七千円を算出できる。もつともサイダーについては、証人江崎春一の証言によれば原告は一本二十五円で仕入れていたことが認められ、被告主張の一本二十円の仕入についてはこれを認めるに足る証拠がない。なおその売値は成立に争いのない乙第一号証並びに証人宮本ヒデノの証言から一本平均四十円(税込)であることが窺われ、以上の事実より差益率は百分の六十と推計され、年間仕入高四千円から売上高六千四百円を算出することができる。そこで総売上高は以上合計百十四万九千四百三十三円と推定される。

(二)  必要経費について。仕入金額、燃料費、電燈料、ガス代、氷代、雑費、組合費、交際費、給料についてはいずれも当事者間に争いがない。そこで先ず公課であるが、事業税一万五千円、車税二百円については争いがなく、固定資産税については営業使用分はその四割として三千五百円の内千四百円を是認しその余を否認しているけれども、証人江崎春一の証言によれば昭和二十八年頃は原告方の階上階下全部屋を使用して営業していたことが窺われるので、右営業使用分四割の認定はいささか低きに過ぎ、固定資産税三千五百円の七割二千四百五十円を営業経費と認めるを相当とする。次に利子については原告申告にかかる長崎相互銀行に対する三万六千円のうち三万四十円、第一共立金融株式会社に対する七千三百円のうち四千百六十円をそれぞれ是認しその余を否認しているが、成立に争いのない乙第五号証、第三者作成であるから真正に成立したものと認められる同第六号証によれば被告の右是否認はいずれも正当と認められる、もつとも証人松尾末太郎、同江崎春一の各証言によれば、右松尾において昭和二十六年四月頃原告に対し、十五万円を月四分の利息で貸与し、原告は右金員を家屋の改造、営業用品の購入等営業資金に充当していること、原告は昭和二十八年一年間に右利息として合計七万二千円を支払つていることが窺われるので、被告が右七万二千円を営業経費から除外したのは失当といわなければならない。最後に飲食税二万千三百五円、減価償却費二千八百六十三円を被告において必要経費として計上していることは勿論正当である。

(三)  所得について、前記認定の総売上高百十四万九千四百三十三円から争いのない仕入高六十四万七百十一円及び右認定諸必要経費の合計額三十万七百十八円を控除すると原告の昭和二十八年度の所得として二十八万八千四円を推計することができる。

そこで原告の昭和二十八年度の総所得額は被告の更正決定にかかる十八万二千八百円を超えることが明白である。

してみると被告が原告の昭和二十八年度分の所得金額を十八万二千八百円と認定し、これを基にして所得税額を一万六千五百円なお、原告が当初所得金額を十一万円、これに基く所得税額を千八百円とする確定申告をしたことは当事者間に争いのないところであるから、これに対する過少申告加算税として七百円と更正決定したのは結局相当である。よつて右更正を違法としてその取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹生義孝 裁判官 藤野英一 裁判官 権藤義臣)

第一表

〈省略〉

第二表

(一) 差益

〈省略〉

(二) 売上

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例